研究レポート
熊本ヴォルターズの推し活戦略
― Mrs. GREEN APPLEのファン形成を参照した地域スポーツクラブの実践提案 ―
本レポートは著者個人の研究レポートであり、当機構の公式見解ではありません。査読は経ていません。
要旨
本稿は、音楽アーティストにおけるファン形成、とりわけMrs. GREEN APPLEを比較対象として、熊本ヴォルターズが「試合観戦を売るクラブ」から「日常的に応援・参加・創作される地域文化」へ進化するための戦略を提示する。音楽とスポーツの共通点は、作品や試合の品質だけでなく、共感、自己表現、仲間との共有、参加の積み重ねがファンの継続を左右する点にある。ただし音楽は同一作品を繰り返し享受できるのに対し、スポーツには勝敗の不確実性と選手移籍がある。本稿はこの差異を踏まえ、選手個人・クラブ・地域(熊本)という三層に分けた愛着、ファン層を設計する。
1.問題設定:観客数を増やすだけでは「推し活」にならない
一般的なスポーツマーケティングは、チケット購入、来場、物販、ファンクラブ加入を主要な成果とする。しかし推し活は購買行動だけで定義できない。SNSで語る、友人を誘う、応援グッズを作る、遠征する、推しの成長を記録する、試合のない日にも情報を追うといった非購買の関与が大きい。クラブは試合日だけでなく年間を通じて感情的接点を提供しなければならない。競技成績が低迷した時期に離脱を防ぐ力も、こうした継続的接点から生まれる。
2.Mrs. GREEN APPLEから何を学ぶべきか
音楽アーティストを参考にする際、単純に選手をアイドル化することは適切ではない。参考にすべきは、楽曲という中核価値を維持しながら、ライブ、映像、SNS、グッズ、ファン同士の交流を通じて多様な入口を作る設計思想である。好きになった理由が一曲でも、次にライブ映像、メンバーの人柄、グッズ、コミュニティへと接点が広がれば、ファンとの関係は長期化する。バスケでも入口は好プレー、選手の人柄、マスコット、チア、家族での観戦、熊本への郷土愛など複数あってよい。全員を熱狂的な競技ファンに育てようとするのではなく、異なる入口を認め、関与を深める導線を作ることが重要である。
本章の定量分析は、白壁達久(2026)がGEM Partners「推しエンタメブランドスコープ」の調査結果を紹介した記事を参照したものである。調査対象は全国15〜69歳の3万人で、毎月の自由回答を集計している。
以下では、同記事の実測値と、本稿による熊本ヴォルターズへの応用提案を区別して論じる。
2-1.M!LKの急増とミセスの蓄積:ファン歴が示す成長段階
日経クロストレンド(2026年10月9日)が紹介するGEM Partnersの調査では、M!LKの推しファンは2026年2月の約30万人から同年7月の約78万人へ短期間で急増した。これに対し、Mrs. GREEN APPLE(以下、ミセス)は2023年9月の約10万人から2026年8月の約55万人へ、増減を繰り返しながら約3年かけて拡大した。前者は新規流入が一気に生じる局面、後者は獲得したファンが長期間残る局面を示す。ここで注意すべきは、M!LKのファン歴1年未満が約8割であることを「離脱しやすい」と解釈してはならない点である。ブレークからの経過期間が短ければ、新規ファン比率は当然高くなる。
ミセスはファン歴1年以上が約8割を占め、うち2年以上5年未満が36.7%、1年以上2年未満が27.7%である。さらに熱量の上位2段階である「人生の一部/信者」18.8%と「大ファン」31.6%を合算すると50.4%になる。これらは同一人物の追跡調査による厳密な継続率ではなく、調査時点におけるファン歴・熱量の分布である。それでも新規獲得だけでなく、複数年にわたるファンの蓄積を評価すべきことを示唆する(日経クロストレンド、2026)。
熊本ヴォルターズにとっての示唆は、人気選手の加入や話題性のある試合による短期的な集客を「M!LK型の入口」とし、翌季以降も応援を続ける仕組みを「ミセス型の蓄積」として別々に管理することである。チケット販売枚数だけを成果指標とすれば、初来場者が翌月・翌季に残ったかを見失う。来場者の同意を得た上で初観戦月別の継続率、ファンクラブ加入率、翌季再来場率を追跡し、獲得と定着の双方を経営指標にすべきである。
2-2.「階段型成長」をクラブ経営に置き換える
ミセスの推しファンは露出のたびに上昇し、その後一部が減少するものの、長期的には水準が切り上がっている。記事はこの構造を「階段型」と捉える。ヴォルターズでも開幕戦、ダービー、選手の活躍、地域イベント、コラボ企画がそれぞれ新規流入の山となる。重要なのはイベント直後の売上だけではなく、次の山が来るまでにどれだけのファンが残るかである。単発のバズ施策よりも、試合後48時間以内の選手紹介、初来場者向けの次戦案内、30日後の参加企画、90日後の再観戦誘導を組み合わせた定着導線が必要になる。
2-3.併推しは競合ではなく、スポーツ市場の外からの流入経路
同記事によれば、ミセスのファンが併せて推す対象にはSnow Man約3.4万人、M!LK約2.1万人、鬼滅の刃約2.1万人、ちいかわ約2.0万人、名探偵コナン約1.7万人が並ぶ。アイドル、アニメ、キャラクターなど複数ジャンルにまたがることが特徴である。これらは「ミセスを推す人のうち何%が併推しするか」という比率ではなく、推定重複ファン人数である(日経クロストレンド、2026)。
従来のスポーツマーケティングは、競技経験者、既存Bリーグファン、他チームの観戦者を中心に対象を設定しがちである。しかし併推しを前提とすると、音楽ライブ、ダンス、アニメ、キャラクター、地域祭り、食文化を楽しむ人に、現在の推しを手放さずにヴォルターズを「もう一つの推し」として追加してもらう設計が可能になる。クラブに求められるのは競合する趣味から可処分時間を奪うことだけではなく、他の趣味と共存できる参加形態を提供することである。
具体的には、音楽・ダンスファン向けの演出解説やハーフタイム参加、アニメ・キャラクター好き向けのオリジナルビジュアル企画、親子向けのマスコット接点、地域店舗と連動した推しカラーの周遊企画などが考えられる。外部IPとの正式なコラボレーションは権利者の許諾と費用対効果の確認が前提であり、記事に登場するアーティストや作品との提携が決まっているわけではない。最初はクラブが権利を保有する選手・マスコット・チアのコンテンツを使い、併推し層の反応を検証することが現実的である。
2-4.ファン歴×併推しで四つの施策を使い分ける
第一に「新規・単独推し」には、ルール解説、選手紹介、初観戦セット、次回来場の提案を用意する。第二に「新規・併推し」には、音楽やキャラクターなどの既存関心から入れる短尺動画、ライトな価格のグッズ、友人と参加しやすい企画を提供する。第三に「長期・単独推し」には、クラブの歴史や地域貢献を共有し、応援文化を伝える役割を担ってもらう。第四に「長期・併推し」には、異なるコミュニティをつなぐアンバサダー活動や企画共創の機会を設ける。
この四分類は記事の実測セグメントではなく、本レポートが提案する分析枠組みである。実装に当たってはアンケートで「推し対象(複数回答)」「ファンになった時期」「観戦動機」「次回来場意向」を収集し、属性だけで決めつけず本人の選択に基づく体験設計を行う。併推し人数の多さを必ずしも購買力の高さとみなさず、無料接点から有料体験まで幅広い選択肢を残すべきである。
2-5.KPI:新規獲得数より「次の階段に残る人数」を測る
最優先の指標は、①初観戦者の30日・90日・翌季再来場率、②ファン歴1年以上の構成比、③選手個人を入口としたファンのクラブ継続率、④併推し層の初観戦から再観戦への転換率、⑤試合以外の接触率、⑥推奨意向である。新規流入比率が高い時期にはファン歴1年以上の構成比が一時的に低下することもあるため、構成比だけで成功・失敗を判断せず、絶対人数とコホート継続率を併記する。移籍選手のファンが他クラブへ移った場合も、過去のファン歴や関係性を尊重した情報発信を続けることが長期的な信頼につながる。
3.熊本ヴォルターズの現在地
2026-27シーズンのV-CLUBは、推し選手を選ぶ特典、サイン入りユニフォーム、撮影会、来場回数に応じた報酬などを用意している。2025-26シーズンには推し活向けバッグや新規ファン向けのFIRST BEATも設けられた。つまりクラブは既に「推し」の存在を商品企画に反映している。一方、会員階層が高額特典や接触機会の希少性を中心に設計されると、初心者・若年層・遠方居住者が参加しにくくなる恐れがある。高額会員の価値を維持しつつ、無料・低価格の参加経路を増やすことが次の段階である。
4.戦略の中核:三層の推しを設計する
第一層は選手個人である。プレーの特徴、練習への姿勢、失敗からの回復、日常の一面を継続的に紹介し、初めて見る人でも応援する理由を発見できるようにする。第二層はクラブである。選手が移籍しても残る価値として、歴史、応援文化、地域活動、スタッフ、チア、マスコットを可視化する。第三層は熊本という地域である。熊本の食、商店街、学校、地域行事、復興と防災の記憶などと結び付け、クラブを「地域の物語を共有する場」にする。選手推しを否定せず、個人への愛着がクラブと地域にも波及するよう設計する。
5.施策A:選手を知るショート動画のシリーズ化
単発のハイライトではなく、毎週更新する短尺番組を制作する。「30秒でわかるこの選手」「今日の練習の一工夫」「選手が選ぶ熊本の一品」「初観戦者に教えたい見どころ」など、企画を固定化する。勝敗だけでなく努力や人柄が伝わる構成にする。出演負担を管理し、選手の私生活を過度に消費しない編集規定を設ける。指標は再生数だけでなく、完視聴率、保存率、非フォロワーへの到達、動画経由の会員登録と初回来場率を追う。
6.施策B:「推しが見つかる」初観戦体験
初来場者が選手の名前もルールも知らないことを前提に、簡単な推し診断と観戦ガイドを用意する。診断結果は「得点で魅せる」「守備で支える」「チームをまとめる」など競技的な魅力を基礎とし、選手の個性を補助的に紹介する。会場では診断結果に応じたデジタル選手カードを受け取れるようにし、試合後にハイライトや次戦情報を配信する。診断結果を一人に固定せず、複数選手やクラブ全体を推す選択肢も認める。
7.施策C:日常生活に持ち込めるグッズ
高額なサイン入り商品だけでなく、500~2,000円程度の文具、キーホルダー、ステッカー、カード、日用品など、学生が手に取りやすい商品を拡充する。現在のメディメッセのカフェで500円以上の購入でカードがもらえる施策を広げた形である。熊本の工芸・食品事業者との共同企画は、地域企業の売上にもつながる。商品開発はファン投票や学生との共同制作を取り入れ、購入前から参加できる仕組みにする。ランダム封入は過度な重複購入を促さないよう、交換会や選択購入の機会も併設する。
8.施策D:音楽ライブに学ぶアリーナ演出
音楽ファンがライブに求めるのは音源の再生だけではなく、同じ時間・空間を共有する一体感である。ヴォルターズでも、入場前の街なか演出、選手紹介の物語性、応援の参加しやすさ、試合後の余韻を一つの体験として設計できる。初心者向けに応援タイミングを可視化し、親子や一人観戦者が孤立しないゾーンを設ける。競技の進行を阻害する過度な演出は避け、試合そのものが主役である原則を守る。
9.施策E:ファン同士のコミュニティ形成
推し活を継続させるのはクラブとファンの一対一の関係だけではない。ファン同士が安全に交流し、知識や思い出を共有する場が重要である。初心者向け観戦会、女性や学生が参加しやすい交流企画、遠方ファン向けオンライン企画、手作り応援アイテムの展示会などを実施する。特定選手のファン同士の対立や、ファン歴・課金額による序列化を防ぐため、コミュニティガイドラインと相談窓口を明示する。
10.施策F:熊本大学との産学連携をファン研究へ拡張
熊本大学文学部の2026年集中講義「スポーツ・マーケティングと地域活性化」には、熊本ヴォルターズと桜十字グループが協力した。これを一過性の授業で終わらせず、学生がファンインタビュー、観戦導線分析、SNS企画の試作、施策検証まで担当する継続的PBLへ発展させる。学生は実務経験を得られ、クラブは若年層の行動理解を深められる。大学の研究倫理を尊重し、アンケートや会員データは本人同意・匿名化を徹底する。
11.施策G:熊本の地域資源と推し活を接続
商店街でのスタンプラリー、県産品をテーマにした選手おすすめ企画、県内各地域でのミニイベントを連動させる。試合のない日にも地域でクラブを見かける機会が増えれば、アリーナへ来られない人も参加できる。単なるスポンサー広告の掲出ではなく、共同企画に参加した店舗への送客、購買、再来店を測定する。県内遠隔地からの移動負担を考え、地域巡回とデジタル参加を組み合わせる。
12.施策H:チア・マスコット・スクールも推しの入口に
熊本ヴォルターズの公式チアリーダーズVGは、ホームゲームだけでなく地域イベントや子ども向け活動も担っている。2026年には九州の複数クラブによるチアスクールの祭典も企画された。選手以外の出演者、スクール生、マスコット、運営スタッフにも物語があり、クラブの魅力を多層化できる。子どもの出演を扱う際は肖像権・保護者同意・安全確保を優先する。
13.収益設計:課金の階段ではなく参加の階段
ファン育成は「無料SNS接触→初回観戦→継続来場→ファンクラブ→グッズ・遠征」という直線的な購買階段だけでは捉えられない。無料で長く応援する人、年に一度だけ家族で来る人、配信中心の人、選手個人のファンなど、それぞれの関わり方を認めるべきである。収益は会員単価の引き上げだけでなく、参加人口の拡大、来場頻度、地域企業との共同売上、スポンサーへの送客価値によって形成する。高額会員への希少体験は維持しても、選手への敬意や応援参加の基本的機会は課金額で差別化しすぎないことが望ましい。
14.移籍リスクと「推し離れ」への対応
選手個人への依存度が高いと、移籍・引退・負傷時にファンが離脱する可能性がある。対策は移籍を妨げることではなく、選手の在籍期間をクラブ史に残し、退団後も感謝と敬意を表し、新加入選手の魅力を丁寧に紹介することである。クラブの歴史や地域活動に参加した経験が残れば、推し選手が移ってもクラブとの関係が切れにくい。選手本人の契約・肖像・プライバシーを守ることは、長期的なファン信頼の前提である。
15.実行のためのマイルストーン
最初の90日では、既存V-CLUBの会員データを匿名集計し、ファンの入口、推し対象、来場頻度、離脱理由を調査する。同時に選手紹介ショート動画と初観戦者向け診断を小規模に試行する。次の6か月では、熊本大学とのPBL、地域商店との共同企画、初心者観戦会を実装する。12か月後には成果を評価し、施策を継続・修正・終了する。選手の出演負荷、制作費、個人情報保護、会場運営の実行可能性を毎四半期確認する。
16.KPIと検証設計
認知指標は非ファン層でのクラブ・選手認知率、興味指標は動画保存率・公式サイト再訪率、参加指標は初回来場率・二回目来場率・無料イベント参加数、関係指標は推し選手登録率・クラブ全体への愛着・友人紹介意向、収益指標は顧客生涯価値・地域共同企画売上である。とりわけ「特定選手が退団した後の継続応援率」を追うことで、個人推しをクラブ愛へ転換できたか測定できる。施策前後の単純比較だけでは競技成績や対戦カードの影響を排除できないため、対象群と比較群を設け、可能ならA/Bテストで検証する。
17.結論
熊本ヴォルターズに必要なのは、選手をアイドルのように扱うことではなく、選手の競技的魅力を出発点に、日常の接触、仲間との交流、地域参加へと関係を広げることである。音楽アーティストに学べるのは「熱量の高いファンを囲い込む」技術だけではない。異なる熱量の人が同じ文化に参加できる多層的な入口を作ることである。ヴォルターズは既に推し活商品、会員体験、大学連携、チア・スクール、地域活動という資源を持つ。これらを一つのファン体験として結び直すことが、勝敗や選手移籍に左右されにくい地域ブランドを育てる。
参考文献・参照資料
白壁達久(2026)「Mrs. GREEN APPLE、推しファン3年で5倍 ファンダムの中身を徹底解剖」『日経クロストレンド/日経エンタテインメント!』2026年10月9日。GEM Partners「推しエンタメブランドスコープ」に基づく。https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/01466/00006/
熊本ヴォルターズ「2026-27シーズン「V-CLUB」概要」 https://www.volters.jp/fanclub/2026-27(参照日:2026年10月9日)
熊本ヴォルターズ「2025-26シーズン「V-CLUB」概要」 https://www.volters.jp/fanclub/2025-26(参照日:2026年10月9日)
熊本ヴォルターズ「公式チアリーダーズVG」 https://www.volters.jp/team/cheers/(参照日:2026年10月9日)
熊本ヴォルターズ「B.CLUB CHEER FESTIVAL 2026」 https://www.volters.jp/lp_page/cheerfes2026(参照日:2026年10月9日)
桜十字グループ「熊本大学×熊本ヴォルターズ×桜十字「スポーツ・マーケティングと地域活性化」」 https://sj-kumamoto-recruit.jp/blog/7971(参照日:2026年10月9日)
クロス・マーケティング「推し活など余暇行動に関する実態・意識調査(2026年6月)」 https://www.cross-m.co.jp/news/release/20260625(参照日:2026年10月9日)
